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ジャーナリスト 高嶋 久
新渡戸稲造 『武士道』
われ太平洋の橋とならん
私は27歳の時、8か月ほど岩手県盛岡市で暮らしたことがあります。それまで育った四国や京都とは異なる自然と、こつこつ真面目に生きる人たちに、とても癒やされたのを思い出します。
片方が富士山に似ていることから「南部片富士」と呼ばれる岩手山は、石川啄木が「ふるさとの山に向ひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな」と詠った山で、盛岡を去る前に仲間と登りました。
盛岡駅に近い盛岡城跡公園に「願はくはわれ 太平洋の橋 とならん」と刻まれた石碑があります。盛岡に生まれ国際連盟事務次長になった新渡戸稲造の言葉で、札幌農学校を卒業後、北海道開拓に従事していた新渡戸は、学究のため東京大学英文科への入学を希望した折、教授に「英文学をやってどうします」と聞かれ、「太平洋の橋になって日本の思想を外国に伝え、外国の思想を日本に普及する媒酌になりたい」と答えたのです。
創設と同時に初代教頭として招聘された米国マサチューセッツ州立農学校長のウイリアム・クラーク博士により、1期生全員がクリスチャンになった札幌農学校に、2期生として内村鑑三らと入学した新渡戸は、間もなく洗礼を受けます。
新渡戸が農学を志した背景には、新田開発に情熱を傾けた一族の歴史があります。祖父の傳は1855年、不毛の地だった三本木原への上水開削に着手し、父十次郎、兄七郎の3代にわたり、十和田市の開発に力を注ぎました。
工業立国を目指す日本でも、「農は国の基本」との信念から農業経済学を志した新渡戸は、思想的にはカーライルの「衣服哲学」に引かれ、ジョンズ・ホプキンス大学に留学します。
ところが、米国にキリスト教の理想を見いだそうとした新渡戸は、社交的な教会の雰囲気に失望してしまいます。そこで出会ったのがクエーカーという宗派で、17世紀にイギリスで始まり、神やキリストとの霊的交わりによる感動の極みに体が震動することから、クエーカー(震える人)と呼ばれていました。礼拝に説教はなく、信者が瞑想し感動が生じると、その感想を語り合うのです。
その教会での最大の出来事は、後に彼の妻となるメリー・エルキントンとの出会いでした。新渡戸の講演を聞いた彼女から、手紙で求婚されたのです。当時の国際結婚は日本でも米国でも大変でしたが、新渡戸はそれを乗り越えて彼女の愛に応え、彼女の人生に責任を持とうと決意します。
当時の米国は1893年にシカゴで万国宗教会議を開き、日本から円覚寺の釈宗演を招くなどキリスト教以外の宗教にも寛容でしたが、一方で1924年に排日移民法が施行されるなど排他的な面も強かったのです。
武士道とキリスト教
私は毎年一度、東京の多磨霊園にある松下正寿先生の墓参りをしています。数年間、秘書を務めたこともありますが、それ以上に、思想的、信仰的に深い影響を受けたからです。警官から聖公会の宣教師になった祖父が岩手県八戸市を開拓した「三代目のクリスチャン」が自称の松下先生は、聖公会の支援で立教大学に入りながら、神学ではなく実学に引かれ、米国に留学します。
その松下先生がよく言っていたのは「クリスチャンは泥をかぶらなければならない」で、偽善的な教会を批判していました。立教大学総長の時に聖公会の協力で大学に原子炉を導入したのも、その信念からでしょう。多磨霊園の松下先生のお墓の近くに、新渡戸のお墓と銅像があります。
新渡戸の名が世界に知られたのは、1899年に英語で書いた『武士道』が世界的なベストセラーになったからです。同書で新渡戸が主張したのは、武士道とキリスト教の教えは矛盾するどころか、むしろ補完し合う関係にあることです。
新渡戸はドイツ留学時、ベルギーの有名な法学者エミール・ド・ラブレーに、「宗教教育がない日本でどうやって道徳教育をしているのか」と聞かれたのが『武士道』執筆のきっかけです。新渡戸は、神道・仏教・儒教に基づく武士道こそが、キリスト教に匹敵する日本の宗教だという考えに至りました。
明治の日本が近代国民国家のモデルとした欧米列強には、米国の宗教社会学者ロバート・ベラーの言う市民宗教としてのキリスト教がありました。ですから政教分離の米国でも、大統領は就任式で聖書に手を置いて宣誓します。しかし近代の欧米には、多神教から進化したのが一神教という宗教進化論があり、多神教の東洋を後れた文明とする考えが支配的でした。新渡戸はそれに異を唱えたのです。それぞれの文明に基づいた近代化、民主化があると。新渡戸は同書で西欧の騎士道と武士道を比較しながら、宗教に基づく倫理が日本にもあると主張しました。それは、日清戦争で大国の清国を破った日本への疑問に答える内容だったので、世界の興味を引いたのです。
信仰とは教会の礼拝やお寺の法要に通うことではなく、宗教を手掛かりに自分自身を深めることです。新渡戸は、そんな生き方を私たちに教えているように思います。
